福井地方裁判所 昭和55年(行ウ)4号 判決 1990年11月30日
福井市八重巻中町二七の一五番地
原告
細川恒夫
右訴訟代理人弁護士
吉川嘉和
同
吉村悟
福井市春山一丁目六番五号
被告
福井税務署長 高橋紀明
右被告指定代理人
杉垣公基
同
今野高明
同
押田熙
同
塩谷紀夫
同
小林義信
同
木村亘
同
有沢勇一
同
上田好一
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五四年三月七日付で原告に対してした青色申告承認取消処分を取消す。
2 被告が昭和五四年三月一二日付で原告の昭和五〇年分、同五一年分及び同五二年分の所得についてした各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分(但し昭和五一年分及び同五二年分については審査請求に対する裁決により一部取消後のもの)をいずれも取消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、肩書住所地において家庭用電気器具の小売販売業等を営む者であるが、昭和五〇年分ないし同五二年分の各所得税について被告に確定申告したところ、被告は原告に対し右の各年分について更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。そこで原告はこれを不服として被告に異議申立したが、いずれも棄却されたので、更に国税不服審判所長に対し審査請求したところ、同所長は、昭和五〇年分についてはこれを棄却する旨の裁決をし、同五一年分及び同五二年分については一部のみを取消す旨の裁決をした。なお、原告の確定申告から審査請求に対する裁決までの経過及び内容は別紙一(一)ないし(三)記載のとおりである。
また、あわせて被告は原告に対し、昭和五四年三月七日付で原告の青色申告の承認を取消す旨の処分をした。
2 しかし、被告がした本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分(但し昭和五一年分及び同五二年分については審査請求に対する裁決により一部取消後のもの)並びに青色申告承認取消処分は、次の理由で違法である。
(一) 被告は、本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分に先立って原告方に臨店した際、調査理由を原告に対し告知しなかった。
(二) 昭和五〇年分の所得税ついての処分は、青色申告によってなされるべきであったにもかかわらず、これによらなかった。
(三) 青色申告承認取消処分ついて取消事由が存在しない。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2は争う。
三 被告の主張
1 本件各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分の適法性
(一) 推計課税の必要性
原告提出にかかる昭和五一年分及び同五二年分の確定申告書に記載された所得金額が同五〇年分の確定申告書に記載された所得金額よりもかなり低く、しかも、同五一年分及び同五二年分の確定申告書には、所得税法(以下「法」という。)一二〇条一項一一号の規定によって記載すべき所得金額計算の基礎である必要経費の記載もなく、収支計算書等の添付もなかったことから、右各年分の所得金額算出の正確性について確認するため、原告に対する所得税調査を行う必要が認められたので、昭和五三年六月二一日から同五四年二月七日にいたるまで合計一一回にわたり被告所部の職員を原告方に臨店させ、あるいは、再三にわたり架電するなどして原告に対し、帳簿等の提示と調査に協力することを求めたにもかかわらず、原告は、調査理由が納得できないとして帳簿等の提示をせず、調査に協力しなかったため、原告の所得金額を実額で把握することは不可能であった。
(二) 推計の合理性
被告は、所得税調査について原告の協力が得られなかったので、やむをえず反面調査を行ったところ、原告の本件係争年分の仕入金額のみを実額で把握することができたので、同仕入金額を基礎に本件係争各年分ごとの類似同業者(以下「同業者」という。)の売上原価率及び経費率を用いて推計により原告の所得金額を算出した。総所得金額及びその算定根拠は次のとおりである。
(1) 昭和五〇年分
<1> 総所得金額 三一八万〇八三一円
右金額は、不動産所得金額三二万四〇〇〇円(原告申告額)と事業所得金額二八五万六八三一円の合計金額である。
<2> 事業所得金額 二八五万六八三一円
算定根拠は次のとおりである。
(イ) 総収入金額 二九三一万四七七六円
右金額は、後記昭和五〇年分における原告の仕入金額二二三九万〇六二六円を原告の売上原価の金額とみなして、後記同業者の売上原価率七六・三八パーセントで除して算定した金額である(別紙二(一)「事業所得計算表」)。
(ロ) 仕入金額 二二三九万〇六二六円
右金額は、被告が反面調査によって把握した金額で、その明細は別紙三「仕入金額明細表」記載のとおりである。
(ハ) 売上原価率 七六・三八パーセント
右売上原価率は、福井税務署管内において原告と同種の事業を営む青色申告の個人事業者で後記選定基準に該当する者(以下「同業者」という。)の課税事積を基礎として別紙四(一)「売上原価率及び経費率表」のとおり算定したものである。
(ニ) 売上原価以外の必要経費(但し、青色申告書を提出する者について、特に認められている各種引当金・準備金及び専従者給与並びに事業専従者控除額は除く。以下「経費」という。)三五八万二二六六円
(ホ) 経費率 一二・二二パーセント
右経費率は、前記(ハ)売上原価率と同様、同業者の課税事績として別紙四(一)「売上原価率及び経費率表」のとおり算定したものである。
(ヘ) 貸倒引当金及び価格変動準備金三一万四九四七円
右金額は、原告の昭和四九年分所得税の青色申告決算書に、法五二条及び租税特別措置法一九条により必要経費として算定した金額であるが、昭和五〇年分の原告の事業所得金額計算上、戻入することになった金額である。
(ト) 事業専従者控除額 八〇万円
右金額は、原告の妻細川敏子及び原告の実母細川スセヲが法五七条所定の、事業に専従する親族には該当することから同上三項により原告の昭和五〇年分の事業所得金額計算上必要経費とみなされる金額である。
(2) 昭和五一年分
<1> 総所得金額 三二九万六五九一円
右金額は、不動産所得金額四一万三〇〇〇円(原告申告額)と事業所得金額二八八万三五九一円の合計金額である。
<2> 事業所得金額 二八八万三五九一円
算定根拠は次のとおりである。
(イ) 総収入金額 三二五一万一八四二円
右金額は、後記昭和五一年分における原告の仕入金額二四六五万〇四七九円を原告の売上原価の金額とみなして後記同業者の売上原価率七五・八二パーセントで除して算定した金額である(別紙二(二))。
(ロ) 仕入金額 二四六五万〇四七九円
右金額は、被告が反面調査によって把握した金額で、その明細は別紙三「仕入金額明細表」記載のとおりである。
(ハ) 売上原価率 七五・八二パーセント
右売上原価率は、昭和五〇年分と同様、同業者の課税事績を基礎として別紙四(二)のとおり算定したものである。
(ニ) 経費の金額 四一七万七七七二円
右金額は、前記(イ)総収入金額に後記同業者の経費率一二・八五パーセントを乗じて算定した金額である。
(ホ) 経費率 一二・八五パーセント
右経費率は、昭和五〇年分と同様、同業者の課税事績を基礎として別紙四(二)のとおり算定したものである。
(ヘ) 事業専従者控除額 八〇万円
昭和五〇年分と同様、原告の昭和五一年分の事業所得金額計算上必要経費とみなされる金額である。
(3) 昭和五二年分
<1> 総所得金額 三〇三万五九八四円
右金額は、不動産所得金額四八万円(原告申告額)と事業所得金額二五五万五九八四円の合計金額である。
<2> 事業所得金額 二五五万五九八四円
算定根拠は次のとおりである。
(イ) 総収入金額 三〇八一万七一二七円
右金額は、後記昭和五二年分における原告の仕入金額二三一〇万六六八二円を原告の売上原価とみなして後記同業者の売上原価率七四・九八パーセントで除して算定した金額である(別紙二(三))。
(ロ) 仕入金額 二三一〇万六六八二円
右金額は、被告が反面調査によって把握した金額で、その明細は別紙三「仕入金額明細表」記載のとおりである。
(ハ) 売上原価率 七四・九八パーセント
右売上原価率は、昭和五〇年分と同様、同業者の課税事績を基礎として別紙四(三)のとおり算定したものである。
(ニ) 経費の金額 四三五万四四六一円
右金額は、前記(イ)総収入金額に後記同業者の経費率一四・一三パーセントを乗じて算定した金額である。
(ホ) 経費率 一四・一三パーセント
右経費率は、昭和五〇年分と同様、同業者の課税事績を基礎として別紙四(三)のとおり算定したものである。
(ヘ) 事業専従者控除 八〇万円
右金額は、昭和五〇年分と同様、原告の昭和五二分の事業所得金額計算上経費とみなされる金額である。
(4) 同業者選定の合理性
同業者の選定基準は、福井税務署管内において家庭用電気器具小売業を営む個人事業者のうち、昭和五〇年分ないし同五二年分の所得税の確定申告について青色申告書を提出した者で、次の(1)、(2)に該当する者である。
<1> 歴年、家庭用電気器具小売業を継続している者。但し、次の各号に該当する者を除く。
(イ) 年の中途において開廃業、転業又は業態を変更した者、あるいは他の業種目を兼業している者。
(ロ) 小規模事業者で帳簿組織が簡易な記帳の方法(現金主義)によっている者及び期間損益が明確にされていない者。
(ハ) 更正又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法の規定に基づく不服申立期間及び出訴期間が経過していない者並びに不服申立又は訴訟中の者。
<2> 年間の売上原価が、昭和五〇年分ないし同五二年分について、いずれも一五〇〇万円以上三五〇〇万円未満の者。
また、その選定にあたっては、金沢国税局長が、一般通達をもって福井県下の各税務署長に対し同業者の報告を求め、地域的類似性のため被告福井税務署管内の同業者のうち、右基準に該当する者の全員を同業者として採用したものであって、同業者の調査対象の選択及び収集経過において課税庁の恣意が介入する余地はなく、右同業者の抽出方法には相当性、合理性がある。
2 青色申告承認取消処分の適法性
青色申告の承認を受けた者は、法一四八条一項に規定される帳簿書類の備付け等の義務を履行しなければならない。同条にいう帳簿書類の備付け等の義務とは、青色申告の基礎として適合性を有する帳簿書類を備付け、記録及び保存すべきことをいうのであるが、その備付け等とは、帳簿書類に対する調査がなされた場合、被告所部係官において、これを閲覧検討し、帳簿書類が青色申告の基礎として適合性を有するものか否かを判断し得る状態にしておくことをいう。ところで、原告は、前記1(一)に記載したとおり、被告所部の係官の再三にわたる帳簿書類等の提示の要請にもかかわらず、調査を拒否し、帳簿書類の提示にも応じなかったものであるから、被告は、原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が法一四八条一項でいう大蔵省令の定めるところに従って正しく行われていることを確認することができなかったものである。したがって、本件は、法一五〇条一項一号の青色申告承認取消事由に該当するものというべきである。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1(一)(推計課税の必要性)の事実のうち、原告提出にかかる確定申告書の記載が被告主張のとおりであること及び被告所部の職員が昭和五三年六月二一日から同五四年二月七日にいたるまで合計一〇回程度原告に臨店したことは認め、その余は争う。
確定申告書の記載については、福井民主商工会においては最近約一〇年間白色申告の際、経費等の記載をしない例になっているが、この点について被告から是正を求められたことはない。
原告は、被告所部の職員が原告方に臨店した際、右被告所部の職員に対し、再三にわたり調査事由を質問したが、右被告職員がこれを明らかにしたことはない。原告は、常々被告所部の職員に対し調査事由を明らかにすれば、帳簿書類を提示する旨伝えており、その準備もしていた。また、原告が被告所部の職員に対し、帳簿書類を提示しようとしても第三者立会いの下では調査はできないとして被告所部の職員が、帳簿書類を見ようとしなかったこともある。更に、被告所部の職員は、事前に連絡もなく原告方に臨店することが多いため、原告が不在だったことも何度かあった。以上のとおり、原告は、伝票帳簿類を保管しており、これらを提示する用意もあったので、原告の所得は実額での把握が可能であったから、推計課税の必要性はなかったのである。
2 同(二)(推計の合理性)(1)ないし(3)の事実のうち、各年分の総収入金額、仕入金額、売上原価率、昭和五〇年分の経費率及び経費は認め、同五一年分及び同五二年分の経費及び経費率は否認する。
同(二)(4)は争う。
被告は、原処分時、本件訴訟時とでは同業者を変更し、また、同業者の具体的氏名も開示していないうえ、原告の実際の営業経費に照らしてみると、原告の業態との類似性あるいは地域的特性を考慮したとは言い難く、被告の同業者選定はおよそ合理性を欠くものである。
3 同2(青色申告承認取消処分の適法性)は争う。
原告の帳簿書類は、その都度あるいは申告時領収書等に基づき記載されたものである。確かに、原告のような小規模営業の場合、帳簿書類の記載に十分な時間をかけることは不可能であるため、その帳簿書類は、完全とは言い難いが、前述のとおりの記載方法を採ったもので、真実に近いものであるうえ、原告はできるだけ正確に記載するよう努力もし、また、被告所部職員に対しては提示する意思もあったのだから、被告の原告に対する青色申告承認取消処分は違法である。
五 原告の反論
1 被告の本件訴訟における新たな行政処分は許されない。
すなわち、行政処分の適否が訴訟で争われた場合、争いの対象となった行政処分についてのみ、訴訟活動は許されるべきものであり、行政庁が新たに行政処分をすることによって、訴訟活動以前の行政処分の効力を維持することは許されない。本件についていえば、被告は、原処分時、総収入金額算定の基礎をなす原告の売上原価率につき、七七・五〇パーセント(昭和五〇年分)、七七・三〇パーセント(同五一年分)、七六・九〇パーセント(同五二年分)としていたものを本件訴訟においては、七六・三八パーセント(昭和五〇年分、七五・八二パーセント(同五一年分)、七四・九八パーセントと原処分時よりも低い値で主張しているのであり、このような主張は許されない。
2 実額反証
被告の推計にかかる総収入金額は、これを認めるが、経費については、これを争う。原告の各年分の経費は別紙五のとおりである。
3 仮に原告の右経費の主張が認められないとしても、次のとおり昭和五一年分及び同五二年分の減価償却費及び借入利子は経費として認められるべきである。
(一) 減価償却費
(1) 原告の店舗は、鉄骨造りであるから、耐用年数は四〇年であり、したがってその減価償却額は、昭和五一年分が二二万五五七〇円、同五二年分が三七万四〇六〇円となる。しかし、被告は、原告店舗を鉄筋コンクリート造りと誤認してその耐用年数を六〇年として原価償却額を算定した。
(2) 原告の店舗兼居宅のうち、店舗部分の電気設備の専用割合は、少なくとも七〇パーセントであるのに、被告はこれを四九・七一パーセントと誤って算定した。この部分の減価償却額は、正しく算定すると、昭和五一年分八四〇四円、同五二年分一万三二一三円がそれぞれ増加する。
(3) また、原告の店舗兼居宅のうち、店舗部分の冷暖房設備の専用割合も七〇パーセントであるのに、被告はこれを四九・七一パーセントと誤って算定した。この部分の原価償却額は、正しく計算すると、昭和五一年分四万四七一二円、同五二年分六万九四〇六円がそれぞれ増加する。
(二) 借入利子
原告の福井信用金庫森田支店からの借入金一〇〇〇万円のうち、一五七万七一〇〇円は事業用運転資金であり、残余の八四二万二九〇〇円は店舗兼居宅建物建築資金であるから、前者の借入利子は、全額経費とすべきであり、後者については、これを居住用と事業用とに按分し、事業専用部分に対応する四九・七一パーセントの利子を経費とすべきであるのに、被告は、一〇〇〇万円全額を右建物建築資金と誤認した。この部分の借入利子を正しく計算すると、昭和五一年分四万一五〇九円、同五二年分七万四四六八円がそれぞれ増加する。
六 原告の反論に対する認否
1 原告の反論1(訴訟における新たな行政処分は許されないとの主張)は争う。
課税処分取消訴訟における審判の対象は、課税標準又は税額の客観的存否にあると解すべきところ、課税庁の認定した課税標準又は税額が客観的に存在するものであることを理由づけ、ないしは維持するための課税根拠の主張は、単なる攻撃防御方法にすぎないものである。したがって、課税庁が原処分においてした認定理由と異なる主張、すなわち原処分時において考慮されなかった事実を主張し、あるいは口頭弁論集結時までに適宜資料を収集しこれを提出することは、何ら妨げられるものではない。
2 同2(実額主張)は争う。
(一) 原告の必要経費の主張、立証は、原告においては、本件訴訟の早期の階段で行うことが可能であったにもかかわらず、これを行おうとせず、本件訴訟第一回口頭弁論が開かれてから五年六か月を経過した第二一回口頭弁論において、突然主張したものであり、原告の右主張、立証は、本件訴訟の完結を著しく遅延させるだけでなく、既に訴訟開始から五年余りを経過した時点では、被告が、右主張、立証に対するに十分な資料を収集することは不可能に近いから、防御、反論をつくすことも著しく困難である。したがって、原告の右主張、立証は、時機に後れた攻撃防御方法として民事訴訟法一三九条一項に反し、許されない。
(二) 次に、原告の右主張、立証は、内容の点においても相当ではない。
すなわち、所有の実額を主張して推計課税の適法性を争うということは、収入から諸経費を控除した所得の実額が、推計課税における所得推計額よりも少額であることを主張、立証し、所得の推計の過誤を正すことにほかならないのであるから、実額主張を行う者は、収入と経費の対応関係を明らかにし、その主張する所得額が所得のすべてであることを主張、立証する必要があると解せられるところ、原告は、被告が算定した推計による収入額を前提として経費に関する主張するものであるから、原告の主張は、不十分かつ不合理なものである。
(三) また、原告の経費の具体的主張についても、確たる裏付けのないものや、記載の誤りと思われる部分が多々有ることから信用できない。
3 同3(原価償却費及び借入利子)は、争う。
原告主張にかかる減価償却費及び借入利子は、いずれも経費の一部にすぎないものであり、これらの実額主張のみでは、前記2(二)で述べたと同様に推計の合理性を打破することはできず、主張自体失当である。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いはない。
二 そこで、本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分の適法性について判断する。
1 本件各更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の必要性について
当事者間に争いのない事実に証人山川知一郎、同中西武信、同伊藤新太郎の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
被告は、原告に対する税務調査が長期にわたり行われていなかったこと、昭和五一年分及び同五二年分の所得が同五〇年分の所得よりも減少していること及び原告が昭和五一年に店舗を新築した際の資金の出所を確認する必要があったことから、原告に対する税務調査を実施することとし、昭和五三年六月二一日、被告所部の職員である中西武信(以下「中西調査官」という。)が、原告方店舗に臨店した。その際、中西調査官は、原告に対し、前述のような具体的理由は明示しなかったものの、昭和五〇年、同五一年、同五二年分の所得税の調査のために臨店したこと、殊に確定申告書に記載された昭和五一年及び同五二年分の所得金額が昭和五〇年分のものより減少している点について調査確認する必要がある旨を説明し、帳簿書類の提示を求めたが、原告はこれに応じなかった。その後、被告の所部職員である長谷川敬政統括官が、税務調査を実施するために原告方に架電し、税務調査に応じるよう説得したり、臨店の日時を連絡したりし、また、約一〇回にわたり、中西調査官ほかの被告所部の職員らが原告方に臨店したが、原告は、被告が税務調査の具体的理由を明らかにしないことを理由に帳簿書類の提示を拒否し続けた。
なお、原告は、その本人尋問において、中西調査官を初めとし被告所部の職員は、原告方に臨店した目的を一切説明せず、帳簿書類の提示を求めたのも昭和五三年夏ころであり、その際、原告は帳簿書類を提示しようとしたのに、第三者の立会いを理由に見ようとしなかった旨供述する。しかし、右供述は、それ自体不自然であるし、証人山川知一郎の、昭和五三年六月二一日に原告から電話で被告所部の職員が臨店して帳簿書類の提示を求められているが、どのように対応すればよいかとの相談を受けた旨及び昭和五三年九月に同証人が税務調査に立会った以降も、同証人が原告に対し帳簿書類の提示をするのかしないのかはっきりした方がよい、引き延ばしは良くない旨の助言をした旨の証言に照らしても採用できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
前記認定の事実によれば、被告は、原告に対し、再三わたり、税務調査に協力するよう求め、帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、原告はこれに応じようとしなかったのであるから、被告が原告の所得を実額で把握するのは著しく困難であったというべきである。
ところで、原告は、被告が原告方に臨店した際、原告に対し具体的な調査理由を明らかにしなかったことをもって、調査手続の違法を主張するのであるが、被告には、原告に対し税務調査の具体的な理由までを告知する法律上の義務は課せられていないと解すべきであるから、被告の調査手続に違法な点はなく、原告の主張は採用できない。
2 推計の合理性について
(一) 昭和五〇年分の所得については、原告は、被告主張の総収入金額、仕入金額、売上原価率、経費率及び経費額を認めているので、結局、当事者間に争いはないことになる。
(二) 昭和五一年分及び同五二年分の所得のうち、被告主張の総収入金額、仕入金額及び売上原価率については当事者間に争いはない。
そこで、経費率及び経費の合理性について判断する。
一定の事業を営む者の算出所得金額を実額によって把握できない場合において、同種経費を支出するのを通常とする同業者の平均所得率でその算出金額を推計することは、特別の事情がないかぎり合理性があるというべきであり、この点、経費率及び経費額についても同様である。これを前提として、本件について検討するに、成立に争いのない乙第二五号証、第二六号証の一ないし四によれば、被告は、本件各係争年度ごとに、同業者として被告福井税務署管内の家庭用電気器具小売業を営む個人事業者のうちから、青色申告書を提出するもので、その年度の収入金額が一五〇〇万円以上三五〇〇万円未満の者をすべて抽出したこと、右同業者について各年の確定申告に係る収入金額、経費額及び経費率を調査し、これにより各年の平均経費率及び経費額を算出した結果は、別紙四(三)のとおりであることが認められる。
右確認の事実によれば、被告が主張する同業者の平均経費率及び経費額算出の対象となった同業者は、原告と同様被告福井税務署管内の同業者であることが明らかであり、同業者の抽出基準に合理性があり、その抽出作業は正確で、これに恣意の介在は認められず、かつ、被告の調査は青色申告に基づいており、その抽出数も同業者の個別性を平均化するに足るものということができるから、このような同業者の平均経費率及び経費額は、正確性及び一応の普遍性が担保されているというべきである。したがって、同業者の平均経費率を基礎にして原告の経費を推計によって算出することは合理的であるというべきである。
原告は、これに対し、原告が身体障害者であることから、商品の取り付け工事の発注等があった際、外注せねばならず、同業者よりも経費率が高くなる旨その本人尋問において供述するものであるが、原告主張の別紙五に記載される外注費の額によれば、昭和五一年分については、そもそも形上されておらず、同五二年分については、その額は一四万八〇〇〇円であるが、立証はなく、仮に右金額が事実としても、総収入金額三〇八一万七一二七円に対する割合は〇・五パーセントにも満たないことからすれば、この程度の事情は、同業者の平均経費率の中に捨象されるというべきであり、他に被告のした右推計を不合理ならしめる特殊事情につき原告の主張立証はない。したがって、原告の各年分の経費率及び経費額は、それぞれ昭和五一年分一二・八パーセント、四一七万七七七二円、同五二年分一四・一三パーセント、四三五万四四六一円となる。
また、原告は、被告が、同業者名を開示しないこと及び原処分時と本件訴訟時で同業者を変更していることをもって、被告の同業者選定は合理性を欠くと主張する。しかし、確定申告によって被告が知りえた同業者に関する資料は、被告が職務上知りえた同業者の営業上の秘密に属する事項であり、被告が同業者の氏名を開示することは、法二四三条によって禁止されている。そして、他に適切な資料がない以上、このような資料によるのもやむをえないところであるばかりでなく、前記認定のとおり、本件における被告の同業者抽出の過程においては何ら恣意の介在する余地もないのであるから、同業者名を開示しないことをもって、被告の推計が合理性を欠くとはいえない。したがって、原告の主張は採用できない。
更に原告は、被告が本件訴訟において、原処分時よりも低い売上原価率を主張していることをもって、訴訟時における新たなる行政処分は許されないと主張する。しかし、課税処分取消訴訟における審判の対象は、課税標準又は税額の客観的存否にあると解せられるところ、課税庁の認定した課税標準又は税額が客観的に存在するものであることを理由づけ、ないしは維持するための課税根拠の主張は、単なる攻撃防御方法にすぎないものであるから、課税庁が原処分と異なる主張をしたり、口頭弁論終結時までに適宜資料を収集し提供することは妨げられない。したがって、原告の主張は採用できない。
3 原告の実額反証について
この点についてまず、被告は時機に後れた攻撃防御方法であると主張するものであるが、右主張は採用しない。確かに、原告の実額反証は本件第一回口頭弁論から五年余りを経過した時点でなされたものではあるが、その骨子において従前の主張、立証と変わるところがなく、本件訴訟を著しく遅延させるものとまで言い難いからである。
そこで、次に、原告の右主張の内容について検討する。
被告は、原告の仕入金額を反面調査により把握し、これを基に総収入金額及び経費額を推計によって算出し、結局その所得を推計により算出したものであるところ、原告は、その総収入金額についてはこれを認め、経費額のみ争うものである。しかし、このような実額反証は、有効な反証とはなりえないものと解すべきである。なぜなら、本来所得とは、収入から諸経費を控除したものであり、実額としての所得金額は、実額としての収入金額とこれに対応してすべての経費を明らかにしてはじめて算定できるものであるから、たとえ経費の実額のみを立証しえたとしても、推計による収入金額から右経費を控除したところで、所得の実額を立証したことにはならないからである。
右の点は、原告の減価償却費及び借入利子の主張、立証についても同様であり、原告の主張は採用できない。
三 次に、青色申告承認取消処分の適法について判断する。
まず、青色申告の承認を受けた者は、法一四八条一項に規定される帳簿書類の備付け等の義務を履行しなければならないところ、右帳簿書類の備付けの等の義務とは、単に青色申告の基礎として適合性を有する帳簿書類(所得税法施工規則五六条一項、所得税法施工規則第五六条一項〔現行=五六条第一項〕、第五八条第一項及び第六一条第一項の規定に基づき、これらの規定に規定する記録の方法及び記載事項、取引に関する事項並びに科目を定める件)を備付け、記録保存をすべきことのみならず、右帳簿書類につき、税務署の当該職員が調査をするに際して閲覧検討しうる状態にしておくことをいうものと解すべきである。
そこで、本件について検討するに、原告が、被告所部職員の再三にわたる要請にもかかわらず、帳簿書類の提示を拒否し続けたことは前記二1で認定したとおりである。そして、原告本人尋問の結果から真正に成立したものと認められる甲第一ないし第六号証、第八ないし第一五一号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の帳簿類については、取引の都度記載されることもあったが、後に記憶に基づいて記載されたりしており、年月日に関する記載が必ずしも時間の流れに従っていないこと、メモ代わりに使用されることもあったため、その記載内容の判読が困難な箇所があること、伝票類が保存されていないものも多数あることがそれぞれ認められる。
これらの事実に照らせば、原告は、そもそも法一四八条一項に規定する青色申告の基礎として適合性を有する帳簿書類を備付けていたものとはいえないうえ、被告所部の係官が閲覧検討しうる状態にしておいたともいえないから、およそ帳簿書類の備付け等の義務を履行していたとはいえない。したがって、被告の原告に対する青色申告承認取消処分に何ら違法な点はない。また、他に、被告の処分の違法性を認めるに足りる証拠もない。
四 以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 猪瀬俊雄 裁判官 林正彦 裁判官 松井千鶴子)
別紙一
(一) 昭和五〇年分
<省略>
(二) 昭和五一年分
<省略>
(三) 昭和五二年分
<省略>
別紙二の(一)
事業所得計算表(昭和五〇年分)
<省略>
別紙二の(二)
事業所得計算表(昭和五一年分)
<省略>
別紙二の(三)
事業所得計算表(昭和五二年分)
<省略>
別紙三
仕入金額明細表
<省略>
別紙四の(一)
売上原価率及び経費率表(昭和50年分)
<省略>
別紙四の(二)
売上原価率及び経費率表(昭和51年分)
<省略>
別紙四の(三)
売上原価率及び経費率表(昭和52年分)
<省略>
別紙五
経費一覧表
<省略>